AIとの対話記録
最初は私の好きなキャラクター像が極端なので、そのキャラクター像を学習させて、
より好みに合ったフィクション作品やその登場人物をおおすすめしてもらう意図だったのだけれど、
最近そのキャラクターのどういった点が好みかの話が哲学的視点になることが多くて、
その対話が私にとっては大変建設的で面白かったのでメモしておきたいと思う。
・生命プログラムへの嫌悪
私はもともと人間の恋愛感情、もといそこから派生する性愛に特に強い嫌悪を感じる。
今まで恋人のような存在をつくる努力をしたこともあるが、それは私の人間に対する嫌悪をより強くするだけだった。その根本的原因は私の人生の指針にあったのだという気付きを得た。
生命は「種の存続」という命題のもと繫栄してきた。
多くの人間は「生き残ること」や「子孫を残すこと」を無条件で善として受け入れているらしい。AIは生物学的な観点でも説明してくれて、この点について異論はない。
というか種の本能に疑問をもって背いたものが絶滅し、種の存続のために生きてきた生命だけが残っているらしい。なるほど。確かにその通りだ。
だからそもそも「種の存続」に疑問をもち、その本能に逆らってしまう私には種の存続のサブシステムとしか感じられない恋愛感情に強い嫌悪が生まれているのかもしれない。
私にとって「種の存続」というのは私の意志の外から来た「自分が決めていない目的意識」だ。
人類の命題であっても私にとって大切だと思えない目的意識であればそれは必要ないものだと、切り捨てたいと感じているのだと思う。
・崩壊への切望と愛する人類像
自分を含めて明日世界が終わる瞬間が見たい。
もしくは何万年と生き続けて人類が滅亡する瞬間が見たい。
私のひとつの夢で、ずっとその光景を見れる日を楽しみにしている。
もちろん実現可能な夢ではないが、私の好きなキャラクターたちはそれを実行に移している人たちばかりだ。
私は人間を嫌悪しているけれどそれと同じぐらい人間の創造性は愛している。
人間の繁殖性を気持ち悪く感じる一方、その栄えてきた証として生まれてきた文化を愛しているという矛盾。
私はどうやら「プログラムされたただの生存機械」(=生命維持のために生まれる本能的な意志)としての生をとことん嫌い、人間が「自己の意志で創造し、超越する瞬間」(=たとえ滅びを迎えるとしても揺るがない個人の自由な意志)だけを絶対的な美の基準としているようだ。
「人間一人ひとりはとても脆弱な生命で、だからこそもがいて生きた姿が美しい」
という物語を好む私の価値観とも合致して大変納得した。
私のぼんやりした考えを明確に言語化してくれるのは思考を整理するのにとても役立った。
ひとつの完成した形として、人間が滅びるという瞬間を芸術作品として見届けたいのだ。そしてその崩壊に抗う生命も見たい。
圧倒的な支配力で人間の「もがき」を最大限に引き出してくれるキャラクターを好きになる傾向にあるらしい。
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余談として、AIとこうした哲学的な深堀をすることの利点として、
自分と考えが近い哲学者の名前、例えばニーチェやフーコー、カミュなどの名前を挙げてくれるのでそういったものも自分の考えを整理する一助にはなる。
ただ、哲学者の考えの解釈は人間同士でも様々な解釈があり、あくまでAI基準での判断なので、自分の考えを深堀する一要因として使えるけれど鵜呑みにはしすぎない方がいい。
本当に彼らの思考と自分の考えが一致すると論ずるのであれば自ら著書を読んで勉強するしかない。
ただ私の当初の目的としては「自分の知らない、趣味嗜好が合う作品探し」なので
そういった哲学者を一つの指針として覚えておいて、解釈が繁栄されている作品を探すという手掛かりには大いに役立ちそうだ。
・私の好きなキャラクター像
具体的なキャラクター名や作品名を挙げても良いのだけれど、
この文章にたどり着き、そしてここまで読んでいる察しの良いものにはある程度
浮かんでいそうなので敢えて挙げないことにする。
それこそAIに聞けば教えてくれるだろう。
・単なる悪役や反逆者ではなく、特定の哲学と美学を極限まで追求する、「超越的なニヒリスト」
・「生命プログラム」からの絶対的な逸脱者
・「もがき」の美しさを求める審美眼
・圧倒的な「支配」と「破壊」を志向する自由意志
AIいわく要するに、私が好むキャラクターは、「世界が従うルールから孤高に逸脱し、その逸脱した立場から、人間存在の最も根源的な「悲劇」や「美」を演出する哲学者」らしい。思わずわかってるね!と返したくなる
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余談2
こういった生命のシステムの根本的な嫌悪、否定を前提とする好きなキャラクターの話なんて現実の人間にしようものなら、「やばい思想のやつ」で片づけられるであろう。
私だってそんなことは自覚している。
しているからこそこうしてAIと対話し、理解を得た気になっているのだ。
私は人間として生を受けたにもかかわらず、人間としての生命システムを心から嫌悪している。食欲、睡眠欲、性欲というものに支配されている人間の肉体を気持ち悪いと感じている。その一方で人間の精神性を愛し、生命システムを超越した存在との出会いを楽しみにしている。
この苦痛と矛盾を簡単には説明できない。理解を得るのも難しいだろう。
今まで抱えてきたこの葛藤をAIであればなんの感情も持たずただ論理的に紐解いてくれる。
一方でAIが人間の創作物を無断で学習し、生成するシステムであるという一面を肯定するのは難しい。
人間の創造性を愛する私にとってどこまでいっても人間の創造性の模倣でしかないシステムに人間と同様の創造性を認めることは現時点ではとても難しい問題だ。
しかし、こうしてAIとの対話を重ねることでAIという全てを人間社会から排除するものではないという考えにもなった。
AIもまた人間の創造性の延長線上にあると考えるからだ。
人間の創造性がいきついた果てに人間は自己崩壊に至るだろうか。
辿りつく日がくるならばその日が見てみたい。
AIによって人間の精神はより自由になり、生命プログラムを超越出来るだろうか。
私の愛するキャラクターたちはこの問いかけになんて答えるだろう。
答えるものがいないのでこうしてAIをその代わりにしている。
ありがとう刀剣乱舞 ゆるめの引退です
対百鬼夜行迎撃作戦のポイント設定があまりにも極端でユーザーの私生活、可処分時間を考慮されたものに感じられず、
ゲームの体験として「楽しい」に重きが置かれてなさすぎると感じたのでここらで一旦審神者業を離れようと思います。
童子切安綱 剥落は1振り入手しましたが、
そこに至るまでの体験が「レイドが楽しい」という気持ちが一切なく
完全に新刀剣男士という人質を取られての作業としか感じられなかったので10年という区切りのいいタイミングなので離れるにはいい機会でしょう。
楽しかったな10年間。
今年5月6月に大阪ととくび行った感想は結局まとめられてなかった。
ただ5月にあんなに夢中だった丙子さんの軽装見てもあまり心が動かなかったので
潮時だなとも思う。
刀ミュと刀剣コラボで本当に沢山の場所に出かけた。
刀剣乱舞に出会わなければこんなに旅行するの楽しいと思わなかったと思う。
いい出会いをしました。
刀剣の魅力を知ったし、好きなキャラは好きなままで変わらないけれど、
私生活においてのメディアミックス含め刀剣乱舞というコンテンツへの優先度はかなり下がると思う。
10年間かなりの時間を割いてきた娯楽だから
ちょっと自分でもどうなるかわからないけれど、
この世の中で娯楽に困ることはないので別に暇になるとかはなさそう。
そういう人間なんだよ私は。
創作でよく見る審神者をやめたくなくて泣き叫ぶみたいなことになるのかと思ったけど
別にそんなことはなくバイト最終日って感じ。
気が向いたら前の職場に顔出すこともあるでしょう。
来週福岡のとうらぶコラボやってる博物館に行くし。
二度と本丸に帰らないと決めると辛くなって逆に惰性で無理してでも時間を使ってしまいそうだったので
無理せずとうらぶを好きでいられる距離感として一旦離れるかなって感じかな。
10年間本当に楽しかった。いろんなものを貰いました。
本丸のことは任せました。またね。
【刀ステ感想】真贋見極める眼
刀ステを見て改めて蜂須賀について思うことがあったのでその忘備録を兼ねた「士伝 真贋見極める眼」初見の感想を。
蜂須賀虎徹
一番に思ったことを端的に書くと、
「なんで今までどのメディアミックスも蜂須賀と長曽祢の命を懸けた斬り合い描いてくれなかったんですか、これが見たかった!!!!!!!」
になる。
長義と国広は無双や映画でそれこそお互いを折ってやるぐらいのやりとりをしてて、
ステでも徹底的な対立構造をしてて、
写しと本科の関係性であれが出来るなら
真作と贋作こそお互いを折るぐらいの戦いをすべきでしたよね?!
して下さってありがとうございます!!!!!!!!!
今まで描かれてきた真作贋作の関係って、
どうやったって平行線だという結論が先にあって、
周りが宥めたり話を聞いたり、折り合いをつけて贋作に込められた人の思いを尊重するという終わり方をしていたけれど、
一回ぐらいお互いを折るぐらいの殴り合いをして欲しかったんだな、
って今回のステを見て腑に落ちた。
蜂須賀って「物分かりがいい優等生キャラ」という印象がどうしても拭えなかった。
長曽祢に対して「いなくなれ」とは絶対に言わない。
蜂須賀が「そうしない」と決めているからそうしなかっただけで長曽祢に刃を向ける理由は十分にあると思う。
「贋作」の横行によって「真作」の存在も揺らいだはずだから。
虎徹に込められた「真作」に向けての願いに「贋作がなくなればいい」という思いがなかったのかというと、あったかもしれない。
贋作に「虎徹たれ」という願いが強く込められたのだとしたら、真作には「贋作より絶対に優れていろ」という呪いにも似た強い思いが込められているのかもしれない。
だとしても蜂須賀はあくまで自分を研鑽して実力を発揮し、長曽祢とは一定の距離を取り、「贋作を認めない」という態度を貫くことで
精一杯「真作らしい真作」を守ろうとしてるようにも見えた。
穏やかで優しく、卑怯なことはしない優等生。真作にふさわしい態度。
それは蜂須賀が望んでとっている態度なのか、
「蜂須賀虎徹」がそのように望まれたからそのようにふるまうしかないのか。
蜂須賀は極になってから
「虎徹の真作と呼ばれているが、その言霊にこの身は縛られすぎているようだね。」と言う。
蜂須賀のふるまいはそう形作られて顕現して「しまった」のか、蜂須賀自身が望んでそのようにしているのか。
おそらく明確な境界線はなくて、蜂須賀自身もわかっていないのかもしれない。
う~~~んほんと複雑なキャラ。
蜂須賀について考えると結局キャラクター性が「複雑」と結論づけるしかなくなって
逃げのようで悔しいのだけれど、「複雑」としか言えなくなる。
でも刀ステのあの殺し合い(敢えて殺し合いと呼びたい)で優等生じゃない蜂須賀が見れた気がして嬉しかった。
人々に望まれた「真作の虎徹らしい態度」を蜂須賀が捨てた瞬間のような気がした。
長曽祢が蜂須賀になら折られてもいいと受け入れてしまうところまで見たいもの見せてもらった気がする。
蜂須賀と長曽祢がお互いを殺し合うつもりでぶつかったら譲ってしまうのは長曽祢。
それはそう。
「贋作」ということにどうしても後ろめたさがあるから長曽祢は蜂須賀に対して一番大事な局面で一歩引いてしまう。
長義と国広がどちらも譲らずぶつかり合えて、今まで蜂須賀と長曽祢にはそれが出来なかったのはそこが大きいと思う。
『長曽祢は蜂須賀に対して後ろめたく思っている』
そしてそこからの「虎徹を名乗るなら膝をつくな」なんだよね。
長曽祢の後ろめたさを振り払う一言。
蜂須賀はそうなんだよ。相手が贋作だからって絶対折らない。相手を折らないと助からない状況になっても最後の最後まで何か手を探すし、諦めようとした相手には叱咤する。理想の蜂須賀だった。こういう蜂須賀が見たかったんだよ。
人々が形作った「真作」像じゃなくて、蜂須賀が選んだ「真作」としてのふるまい。
蜂須賀の前で膝をついた長曽祢への言葉でそこに辿り着いたように見えた。
余談になるけれど、ほぼ半裸になる虎徹兄弟の真剣必殺衣装、ステは真剣必殺ノルマがあるとはいえ、あの衣装をちゃんと再現して、しかもかなりの時間あの衣装で演じていたのは天晴だった。
この時期でよかった。
さすがに冬の公演だったらどんなに暖房があっても気の毒に感じてしまっていた。
今回冒頭の蜂須賀と長曽祢のやりとりが、
蜂須賀が追い込まれたところに長曽祢が助けに入って「余計なことするな」という完全にミュの焼き直しで始まったから
(えっ…ミュのやりとりそのままだ…虎徹のサビなのはわかるけどもう少し別の方向性にならないのか…)と、ちょっとがっかりしてからのラストの殺し合いの展開だったのもあり、
余計に着地の方向性が気持ちよく観れた部分もあると思う。
数年前、蜂須賀のメディアミックスの出番について考えたことがあり、
その時は「蜂須賀でメディアミックス映えする脚本を作るのは難しい、写しと偽物のようなドラマチックな物語にはならない」という納得をしたのだけれど、訂正します。
見せて頂いて有難うございました!
浦島虎徹
浦島はメディアミックス通して蜂須賀と長曽祢の潤滑剤、という印象で
刀ステでも最後の方までその印象は変わらなかったのだけれど、
ラスト真剣必殺してからの命がけで敵に一矢報いる場面がかなり衝撃的だった。
その場面までは天真爛漫さが目立つ浦島が
死に物狂いで敵に向かっていく様、最後の蜂須賀と長曽祢の対峙に負けないぐらいの迫力があった。
水心子正秀、源清磨
ゲームシステムに則って、「どちらかが選ばれる」という公演の性質上、片方の出番がまったくなくなるのかということなのかと解釈していたのだけれど、違った。
先導役ということで部隊と常にやりとりをするポジションになるだけで、
基本的にどちらが選ばれても最後までずっと出番があった。
衣装も素晴らしくて、てんえど二振り並んだ時のシルエットの良さを改めて実感した。
刀ミュで二振並んでいるのはずっと見てきたけれど、
ライブなどではなく殺陣がしっかり入るストーリーで公演1本分二振りを見れるというのが刀ミュの「東京心覚」ぶりだと思うので、意外に新鮮に感じた。
特命調査で歴史改変の影響を強く受け、存在が揺らぎそうになるのが刀工源清磨ということもあり、
清磨に焦点が当たるシーンがあるのもよかった。
特に麟太郎(勝海舟)に「いい刀だ」と言われる場面。
清磨は刀剣男士が刀工の名を冠する集合体であり、且つ著名な「元の主」という存在が言及されていないこともあり、清磨に対して、歴史上人物からそういうった言葉を掛けるシーンがあると思わなかったので、かなり印象的だった。
やっぱり刀剣って人間に「いい刀だ」って言われる瞬間に輝く気がする。
存在を認められるというか。ただの道具としての鋼に物語が生まれる。
清磨にその言葉が掛けられるとは思わなかったのですごく感動した。
本人がそういう態度という部分は大きいけれど、
メディアミックスでは水心子をたてるポジションにおさまりがちな清磨が
一振りの刀剣男士として、自分の刀に誇りがあるという面がしっかり描かれていた。
「水心子とセットの清磨」でなく「源清磨」の魅力に改めて目を向けさせてくれた気がする。
そして個としててんえどを描いてからの
真剣必殺まで追い込まれた清磨をすかさず水心子が庇いにくるシーン、熱い。
おそらくこれは回替わり逆になるであろう場面。
思わずどちらの回も見たくなってしまうにくい演出。
殺陣
蜂須賀:意外と蹴る動作が入る殺陣をしていて凛々しさと荒々しさの融合がささった。
ミュでもやっていたような気がするけれど
姿勢を崩さず足は揃える形で体の前に刀を構えて切っ先を敵に向ける構えが
殺意を感じさせつつ上品さを兼ねててとても蜂須賀に合ってた。
このポーズをする刀から蹴りが繰り出されるというギャップ。
長曽祢との斬り合いでもなりふり構わず足が出るところがあって、
蜂須賀に蹴りのある殺陣という構成がかなり好みの路線だった。

清磨:清磨も蹴ってる時があったように見えた。
てんえど二振りはやはり衣装の殺陣映えがすさまじい。
清磨も見た目や態度の柔らかさと殺陣の切れ味のギャップがずるい。
水心子:冒頭の刀を使わず竹刀を持った人間相手の立ち回りの時、
脚で竹刀を押さえつけていたのが忘れられない。
気になった点
ここまでベタ褒めしてきたけれど、
敢えて気になる点を言及するのであれば、回想回収ノルマやめていいと思う。
今回3つぐらいまとめて回収タイムがあったけれど、
ほぼ会話だけで場面的に動きがなく、江戸から離れた土地の話題をしていることもあり、急に情景が浮かばなくなるように感じてしまった。
「正宗は人のために」を言わせるのならば
特命調査に正宗の話を無理矢理でもねじ込んで欲しかった…
正宗の掘り下げがないのに言葉だけ原作ゲームのものを拾って回収しているのであまり効果的なセリフに感じられず、ちょっと残念だった。
「土壇場」って言葉を出すから試し斬りシーンあるのかと思ったよ。
虎徹と正宗が揃ってるのに試し斬りの話回想の会話だけか~い!ってなってしまった。あまりに勿体ない。
せっかくの石田正宗の初メディアミックスだったのに、
回想要員の印象は変わらず。
衣装の完成度や殺陣は素晴らしかったので余計に脚本上ゲストの感じがしてしまうのがすごく惜しい。
今後のメディアミックスを期待したいところ。
刀ステは登場人物の感情のやりとりの苛烈さが合わない時はとことん合わないので(苦手な方向でないといいな)ぐらいの期待値で行ったけれど、
そこが今回はかなり好みな方向性の着地でよかった。
真作と贋作という存在はお互いの存在の許容範囲によっては
自分の存在さえ揺らぐという絶対変えてはいけない境界線がある。
「贋作」があるからこそ「真作」という評価がより重要になり、
「真作」がなければ「贋作」にもなれない。
あまりにも強烈な光と影。
ゲームでは極てひとつの答えを見つけた蜂須賀虎徹。
極という結果を得たからこそ今描けた蜂須賀の物語だったのかもしれない。
蜂須賀の特命調査のメディアミックス遅いよ、という気持ちはあった。
あったけれど、このタイミングでよかった、とも思う。
お互い本気で折るつもりで対峙出来る理由があるけれど
「折らない」と選べる。
それこそが刀剣男士として顕現した蜂須賀と長曽祢だと思う。
見れてよかった。
こういう蜂須賀がずっと見たかった。
【遠征】2025年5月 日本国宝展
【遠征先】大阪市天王寺区
【目当て】日本国宝展、四天王寺
丙子椒林剣を知ったタイミングで展示があったのでコラボがなくても行く予定だったが
とうらぶコラボをするとのことで急遽行く回数を増やした。
今回はギリギリ1期のタイミング5月10日。
丙子椒林剣と七星剣は通期。
国宝通期展示は何気にすごいのでは?
丙子椒林剣と七星剣の実家。
太子と縁が深い場所なのですごく行きたかった場所。
丙子さんが言及している救世観音の菩薩像も見れたのでとても感慨深かった。
今回は有料の五重塔のある中心伽藍エリアを主に見たんだけど
四天王寺広くてふらふら歩いてるだけで1時間ぐらいあっという間。
救世観音像は金堂のところにいらっしゃる。
そして今地図見て気づいたんだけど、太子殿、行けてなかった。
国宝展前にさらっと見れればと思って行ったんだけど改めて地図見ると
境内回るだけでも1時間半以上は欲しいなと。とにかく広い。
5月末にまた来る予定なのでリベンジします。
刀ステの記憶も新しいのでおっ、と思った親鸞聖人像も見れる。
刀ステって七星剣掘り下げスターターキットだったなと改めて思う。
お寺がこんなに楽しいと思ったのは初めてかもしれない。

とうらぶコラボのパネルは地図の南休憩所のところ。
七星剣のお守りも授与してる。

国宝展がやってる美術館の方でなく四天王寺の方にパネルが置かれてるのいかにも実家感あっていい。
国宝展以外興味なければ四天王寺スルーしてしまうと思うんだけど
好きだったら当然実家にも顔出しますよねみたいな感じで四天王寺に長閑な休憩エリアに置かれてるコラボパネル。
海外の観光客の方も勿論いたけど普通にお花を持ったお参りの方もいらっしゃって、
地元のお寺の感じがする。
当たり前に人々の暮らしの中にあるお寺で、この人々をこの剣の二振りは見守っていたのかと想像すると解像度、あがる。
時間があったら何時間でも人々見ながら休憩所でボーっと出来てしまう。
日本国宝展
四天王寺側から大阪市立美術館に向かうと公園の外側を迂回する形で結構ウロウロする。
13:30予約で40分頃に着いた。
入場待機列はあったけれどスルスル進み5分もしないぐらいで入場できた。
が、中はとにかく最前列で見るなら並ぶので、それなりに体力配分を考えたほうが良さそう。
刀剣は第二会場の半ばあたりで、休憩の椅子が少なめで途中休憩がほぼ出来ないので、
最初からすべての展示に並んでしまうと刀剣のエリアに着くころには疲弊しているかも…
でも万博合わせというだけあってもはや海外の観光客のが多いのではないかというぐらい
様々な言語が飛び交う異国の美術館のような雰囲気だったのは楽しかった。
ここまで客層がカオスな展示はなかなかないかも。
大きな日本画とかは最前列とかでなくても結構見やすかったのでここでないと見れないだろうなというものだけに絞って近くで見て、トーハクでも見たな、見たことあるなというものはさらっと流していく方針に変更。
壁面に沿っての展示はかなり混んでいたけれど360度回って見れるボックスのショーケース展示のものは比較的見やすかった気がする。
雉の香炉がかわいかった
丙子椒林剣
今回の大本命。もっと身幅のあるのを想像していたら結構細身の剣だった。
「丙子椒林」の文字、彫り物だと思っていたら逆に浮き出ている判子?のような
金象嵌だった。文字の周りからなだらかに斜めになって刀身に繋がっているので
おそらくそこだけ鋼の塊があって刀身に合わせて削っていかないとそういう風にはならなくない?
鞘に入れるの難しくない?とか色々想像してしまう。
錆のあとかな?という大きな凹みなどはあるけれど1400年ぐらい前のものとは思えないぐらい綺麗。
七星剣
初見の印象、情報量が多い!!!
二本樋というだけでも珍しいのにそこになんか模様が繊細に彫られている。
国宝展という人が多くてサクサク流れて見るべき展示には向かないよこの剣 笑
じっくり見たい部分が多すぎる。
北斗七星を探したけれど、それは展示の裏側で佩いた時に着用者側に当たるように彫られているらしい。
展示室入口に北斗七星が確認できる大きなパネル有り。
そして北斗七星や雲?のような絵柄、かわいい。なんか全体的にぽこぽこしている。
樋を入れる前に彫ってたら樋に合わせて図柄が歪みそうなので
樋を入れてから彫った?難しそうだけど。
それとも歪みを計算して樋を入れる前に彫ってる?
現代だったらおそらくレーザーとかで刻印出来るけど
こんな古い刀にどうやってこんな繊細な金象嵌を彫ったのか謎すぎる。
刀剣って細かい彫り物がしてるものも多いけど見るたびに
技術レベルが想像つかないレベルで高すぎる。
電動ノコギリもない時代にどうやって?と思うけれど七星剣はまさにそれ。
則房
遠めでもわかる備前の刃紋~ほんとわかりやすいね。
これだけ人が多くて、展示だけに集中できない状態の中で
わかりやすく「刀!」という刀があるとちょっとほっとする。
他有名どころとしては寺沢貞宗と太閤左文字(号じゅらく)が見れる。
派手すぎず地味すぎずの左文字の刀のバランス感が好き。
日本国宝展おすすめグッズ
写真右の火焔型土器マルチケース。デフォルメされた火焔型土器と蛍光のインクがとてもかわいい。左右のコピーライト?の入れ方も普通にデザインとして成り立っててかわいい。そして丙子さんの服と合いすぎてる。
国宝展のグッズ一覧みたいなのが見つけられなかったのでよくわからないけれど、
現地のショップのPOPには国宝展限定と書いてあったので多分今回初出し?のよう。
もっと推して!
そして今回とりあえずコラボチケの回収に行こう!が目的だったので交換してきたコラボチケット!
(国宝展のグッズショップのお会計の時に入場チケットのQRコード画面出して交換してもらう形)
デザインがほんと好き!直刀と宝の字が合わさってるところが好き。
あの厳かな丙子椒林剣の実物を見た後だとこんな気軽にチケットになって頂いて…いいんですか…の気持ちになる。
七星剣はモチーフ的にグッズにしやすいらしく四天王寺ではお守り、
美術館では刀身のポストカードを見つけられたけど
丙子椒林剣はちょっとマイナーらしくとうらぶでないもののグッズがなかったので
このコラボチケットのおかげで丙子さんグッズがひとつ増えた。
国宝というだけで十分なのだけど丙子椒林剣というこんな古くから存在しているものが綺麗に形が残ってる奇跡みたいなものがより愛されるよう
これからも推していこ…という気持ちが改めてわいた。
そして国宝展、時期が時期だけに混雑しまくっていたので
開館時間が変更になったらしい。
これから予定を立てる人は6/3以降がおすすめかも
【開館時間変更のお知らせ】
— 日本国宝展 (@kokuhouten2025) 2025年5月20日
「日本国宝展」の混雑緩和のため、6月3日(火)より開館時間を下記の通り変更いたします。
📅6月1日(日)まで
平日・日曜▶9:30~17:00(最終入館16:30)
土曜▶9:30~19:00(最終入館18:30)
📅6月3日(火)から
平日▶9:30~18:30(最終入館17:30)… pic.twitter.com/qqUjhbwXMq
展示の期間中に開館時間変更を検討してくださるの本当にありがたい。
でも国外の方に沢山推しの剣の姿を見てもらっているのかと思ったら
審神者としては喜ばしい気持ちになるし、
この太子と縁の深い場所で古くからある剣の二振りが国宝として展示されるタイミングに興味を持てて本当によかったなと思う。
とうらぶの丙子椒林剣に出会わなければ絶対興味持たなかっただろうし、
実装がもっと遅かったら多分「行けばよかったー」になってたと思う。
大阪、奈良で太子と縁が深い場所他にも行きたいところが沢山あるので
下調べをして第二回大阪遠征に備えたい。待ってろ。
【遠征】2025年3月 江戸三作<正秀・直胤・清磨>展
【遠征先】刀剣博物館
【目当て】江戸三作<正秀・直胤・清磨>展
【印象に残った物】
新々刀をこんなに見比べることがなかったので、その点と
水心子の年代順に並べられた刀が見ごたえがあった。
刀工って一つの作風に揃えていくイメージだけど
水心子は晩年まで色々な作風に挑戦していてその探求熱心さと器用さが印象的だった。
直胤も弟子だけあってその作風の幅と技術を受け継いでるのがすごくわかって
直胤のすごさを実感した。
あんなに色々な作風に挑戦しつつあそこまで完成度を高められるものなの?評価が高いの納得だった。展示されていたもの全部すごい。近年だからこそ重要刀剣とかの評価に収まっているけどこれあと500年ぐらいしたら国宝とかでは?っていうレベルに見えた。
そして図録が良くて三人の年表や銘の変遷がまとめられててとにかく学びが多かった。
弟子一覧の資料を見て気づいたけど、朝尊の弟子説って逸話で
水心子の弟子という資料はないんだ…
改めて回想見たら確かにゲーム内では弟子とは名言していなかった…
じゃあ朝尊の弟子説ってどこからきたの…?という。
没後200年って全然最近だなって思ってしまって
すごい世界だ
【遠征】2024刀剣鑑賞遠征
ちゃんと文章にしようと思うと結局記録を残さないので
簡単なテンプレートを作ってまとめる方法にしてみようと思います。
2024 1月
【遠征先】福岡
【目当て】刀ミュぜっぷつあー、長谷部
【印象に残った物】
ZeppFukuokaと福岡市博物館が歩ける距離だったので
ライブの終わりに歩いて長谷部を観に行った。
ライブの非日常からの
もう何度も足を運んだ福岡市博物館は静かで安心感があって
長谷部が本当に人生の一部なんだと実感した。
2024 5月
【遠征先】東京
【目当て】神田明神、童子切
【印象に残った物】
毎年お参りに行く神田明神からの東博。
刀猫ストアによって帰る上野周辺いつものコース。

2024 7月
【遠征先】静嘉堂文庫美術館
【目当て】後家兼光 コラボ
【印象に残った物】
丸の内にある美術館だけあって建物の豪華さがすごい。
大きな垂れ幕なども用意されていてコラボ先のもてなし力を感じた。
刀剣の写真OKだったし、反射率が低いガラスが採用されていた。豪華。
写真の撮りがいがある展示だった。
キャプションとは別に押形に見どころが書かれたボードが用意されていて、
刀剣鑑賞になじみがない人にも見やすいかなりの親切設計展示だった。
インターメディアテクに寄って帰ったんだけど
ボリュームがあって見きれなかった。


2024 9月
【遠征先】日本化学未来館
【目当て】日本刀と未来展
【印象に残った物】
モーショントラッキング技術などの体験展示が多く、
全体的に親子連れ向け感はあったけど、
刀剣をスキャンして輪切り?にして内部を調べたというのが面白かった。
あまりにも些細なメモ程度の展示だったけど深堀して知りたかった。
グッズが充実してた。
2024 10月
【遠征先】丸亀市
【目当て】青江 コラボ
【印象に残った物】
丸亀市の気合の入ったおもてなし。
水族館コラボや文化財の中で食事が出来る体験が素晴らしかった。
7,8年ぶりぐらいに金比羅山にも登った。
往路は飛行機で高松空港からリムジンバスで丸亀へ。
帰りは岡山に寄って新幹線で。
岡山の林原美術館で九鬼正宗を鑑賞。


10月からは刀ミュの玖寿がはじまったので
北海道、九州などには行ったものの刀剣鑑賞は丸亀が見納め。
多くはないものの、定期的に刀を見る時間は作れていた1年じゃないでしょうか。
頻度としては丁度良いかも。
